真っ白な、温かい光が身体の周りを包んでいた。
――なんだろう、温かい…。
エコは身体を取り巻く光の布に、今迄の出来事が映し出されているような気がした。眼ではなく、肌で、感じた。
確か、神殿の扉の前でセーラ達と扉をこじ開けようとして…
――そうだ……眠っていないんだっけ。夕べからずっと。 じゃあこのままちょっと寝よう。
温かいブランケットに包まれた子供のように、エコは膝を抱えるように眠りに就いた。
エコ! エコ!
エコ先輩!
どの位時間が経ったのだろう。
静かだが激しく呼ぶ声に、些か「うるさいなぁ」と思いながら、ぼんやりとエコは薄眼を開けた。
影が二つ、自分の顔を覗き込んでいる。
「うわぁっ!」
その顔がセーラとリナだと認識すると、エコは慌てて飛び起きた。飛び起きようとして、手を着いた場所がつるっ、っと、滑った。
一瞬、寝ている処を見られた気恥ずかしさと寝起きの混乱で、自分が何処に居るのか理解出来なかった。
「やっと起きたのね」
セーラはそう言うと眼をエコから天に向けた。エコはその目線を追って、上を向く。
「ここ……?」
「神殿の中よ、多分」セーラは身動き一つせず、応えた。
「全部氷、みたいですね」
目の前に広がるのは氷で出来た見事なまでの建築物だった。天井は高く、柱には彫刻が施され、大理石のように力強くそそり立っている。
どうやらここは神殿の回廊らしい。
回廊の端から端までに目をやると、他へ続く通路は一切ないらしかった。自分達の息遣い以外の物音は一切なく、全てがしん、と静まり返っている。目前の氷も手伝って、三人に身震いを憶えさせた。
身震いを。
しかし空気は凛としているのに肌で感じる寒さは感じなかった。
「ね、ねぇ、セーラ。ここって氷の中なのに……」
「そうなんです。寒くないんです」
リナは薄気味悪そうにエコに相槌をうつ。
「確か、“世界の危機”みたいな事が本に書いてあったわ…もうこれは『レポートの単位の穴埋め』程度じゃ済まされないわね」
「うっ……」
またも図星だった。何故、いつもセーラに見透かされちゃうんだろう?
でもそうかもしれない。そう思ってセーラの顔をそっと覗き込むと、いつもは堂々とした琥珀の瞳に少し、影が浮んでいるような、気がした。さっき“外”で見せたような、小さな翳り。
本当にぼく達だけで解決出来る問題なのかな…。何の準備もしないで入っちゃって。何の準備も。そう、勢いだけでここに来てしまってる。その事に今やっと三人は気付いたらしい。
はぁっ、とそれぞれが息を漏らした時、第四の声がした。
「三人共目は覚めたかい? よく眠っていたけど…」
立ち尽す三人の背後に、それまでまるで気配のなかったフィンが立っていた。
「フィンさん!」
三人は一斉に振り返った。
「三人共って?」
「実はセーラ先輩も私もさっき目を覚ましたんです」
リナがエコに耳打ちした。
「なぁんだ、みんな寝てたんじゃないか」
エコはてっきり自分が一人で眠っていたのかと思って安心した。こんな状況で寝てる、なんて、余りにも怖いもの知らず過ぎる…。
「何故、貴方が? あの時光に吸込まれたのは三人だったのに……あっ!」
セーラはそこまで言うと、何故氷の中で寒さを感じないのか理解した。
「あの時の光が覆っているんだわ!」
「な、なにがどうしたの?」
「セーラ先輩?!」
建物中に響くような透き通った声でセーラは言うと、立て続けに説明した。
「つまりね、ここに居ても寒くないのは入ってきた時に光に包まれたでしょう?
あの光がわたくし達をずっと包み込んでくれているから…」
「寒くないし、温かくて眠ってしまったという事ですね!」
リナは理解した、と言うように満面の笑みをセーラに返した。
しかしセーラは「眠った」は余計よ、疲れていたんだもの。仕方ないじゃない、と、思わずには居られなかった。
「つ、つまりね、やっぱりわたくし達はこの神殿に招き入れられたということ。『おとぎ話の主人公』ってことよ!」
じゃあ貴方は?
そんな疑問視された目を三人はフィンに向けずにはいられなかった。フィンは薄く笑い、それには応えずに切り出した。
「さっきの眠りで随分体力が回復されただろう?」
「それはともかく、どうやってここに…」
セーラもエコもそれが気になって仕方ないという感じだった。
「僕のことはどうでも。それより、今から君達の行動は“氷鏡(ひかがみ)”で逐一、キトゥンの鏡に映せる様にさせてもらうから」
そう言うなり左の手のひらを天に向け、そこから金色に近い光の帯を噴水のように放射させ、辺り一面に降らせた。
「な、なに?“氷鏡”って」
「氷が“眼”になって映ったものを魔道で繋いだ先に映像を転送するのよ」
そう言って、セーラはフィンに確認するように、眼で合図した。
「すご〜い! さすがセーラ先輩! 物知りですね!」
と、言うかフィンは君と同じ学年なんじゃあ……と、エコはちょっと突っ込みたくなった。
「ね、処でこれからどうする? このままここに留まる?」
「だって折角ここまで来たんですよ? 少しは中を見ましょうよ」
「でも何の準備もないんだよ? 夕べから何も食べてないし…」
「エコ先輩ったら、こんな時に食事の心配?」
「そう言えば今何時頃かしら…」
ニ人の言葉に耳を傾けつつも、セーラは辺りを見回し、窓らしきものを探そうとした。しかし明り取りの高窓が僅かにあるだけで、外は伺い知ることが出来ない。その高窓ですら外の光を入れる気配はなかった。
「ねえ、フィンさん。わたくし達がここに来てからどの位時間が経ったの?」
貴方なら用意周到に計っているでしょ、と言った具合に尋ね、フィンはご明察、と、いった具合だ。
「そう、だね……2時間位かな。入る為の呪文の詠唱にちょっと梃子摺って、入ってからおよそ1時間位だと思うから」
「だとしたら夕べから随分経っているわ。一度出直した方がいいかもしれない。 ……でも」
セーラはそこまで言って口を噤んでしまった。
エコは幅2メートルほどの回廊をぐるっと見廻した。
やがてセーラの眼が、自分の居るすぐ横の壁を見つめているのに気が着いた。壁は扉の様子を呈していて、どうやらここから入って来たらしい事が伺える。
あの時扉は開かなかった。
光っただけ……。
もう一度内側から扉を触ってみた。が、やはりびくともしない。
「同じ事するのね、エコ。わたくしもさっきやってみたわ」
「じゃあ出られないって事?」
エコは納得できない様子で扉を見つめている。
「また押してみる?」
「思うんですけど……」
「何? リナちゃん」
「きっと冬の精霊王は目覚めたいんです。だから私達ここに入れたと思うんです。だからちゃんと調べて手筈を整えればここから出られるんじゃないでしょうか?」
リナの言葉も尤もだったので三人は回廊を歩き出した。最早、何かしら手掛かりを手に入れずにはここから帰れないと思っているように。そして端から壁伝いに歩を進めていく内に、入り口と思われる扉と反対側の壁に幾つかの仕切りのようなものに気が着いた。
それは丁度、入ってきたらしいと思われる扉の正面に位置し、間近で見なければ気が付かない程壁との差がない扉らしかった。
「ねえ、これってもしかして……」
「扉じゃない!?」
「ちっとも気付かなかったわ!」
セーラとリナは抱き合って喜んだ。エコはそうもいかないのでその場で突っ立ったままだった。
「ちょっとエコ! 何突っ立ってるのよ。開けるわよ」
「え? また押して入るの?」
「そうですよ、エコ先輩。だって私達選ばれた主人公ですもの」
そう言って三人は入って来た時と同じ陣形を取って押し始めた。
でも今度はどうやら少しも反応がない。それでも30分位押しただろうか。リナとエコは息切れし、床にしゃがみこんでしまった。セーラも壁に身をもたせたまま、経ち尽くしてしまった。壁に顔を押し当てると冷たさが心地良かった。身体を包んでいる“光”は、どうやら本人の意思で気温を選べるらしい。
「―――あっ!」
頬を付けていた扉と思しき壁に妖精文字とも古代文字とも読み取れる、幾つかの文字が刻まれているのに、セーラは気が付いた。
「何? どうしたの?」
口々に言うエコ達に向かってセーラは叫んだ。
「文字よ!」
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