それは、いつからそこにあったのだろう。
少なくともさっきまではなかった。
ほんのわずかな変化も見逃すまいと、じっと目を凝らしていたのだから。
ただここのところ数分、物思いに沈んでいたのと、キトゥンが来たことで注意を背けてしまっていた。この間のこととは考えられなくはない、が。
果たしてどのような魔法を用いればこんなものを突然出すことができるのだろう。
呆けたようにそれ、を見上げながらエコは思いをめぐらせていた。
隣では同じように呆然としているセーラとリナがいる。
キトゥンは一人、難しそうな顔で何やら考え込んでいた。
「お城、ですかね〜?」
「どちらかというと、神殿のようだと思うのだけど?」
「ああ。そう言われてみれば……」
「それにしても、大きいわね。いつの間に、どうやってこんなものが……エコ、気付かなかったの?」
「う……」
「もう。肝心なときに目を背けていたら意味がないじゃないの」
わざとらしくため息まで付いてセーラは手を額に添えた。
反論したいものの、良い言い訳が思いつかなくて、エコはセーラから視線を反らし、神殿のような巨大なものを見た。
こんな大きなもの、見過ごそうと思ってもなかなか出来ないだろうに、どうして気付かなかったんだろう。
「消えた春の精霊……残っている冬の精霊……氷の神殿……雪見祭……」
キトゥンの呟きが耳に入ってくる。
氷?
言われて見上げ、神殿が氷でできていると気付いた。
真っ白い世界にそれは似つかわしく、見ているだけで凍えそうな印象を与える。
「うぅ……」
見ているだけで一層寒くなってきて、エコは両手で腕をさすった。
雪見祭まであともう少し。ということは、春までももう少し。
なのにこの寒さはもうすぐ春、なんて感じではぜんぜんなかった。
去年もこんなに寒かっただろうか。いや、もう少し暖かかったような気がする……。
しかし記憶など曖昧なもので、去年と今の気温など比較のしようがないのである。
「まずいわね……」
その台詞に反射的に振り返り、呟いたキトゥンと目が合った。
「……」
なぜか目を反らせない。
「……この際、誰でもいいわよね。人手は多い方がいいし……ねぇ、あなたたち、ちょっと手を貸してくれない?」
「え?」
「もしかすると“かがり火”が拝めるかもしれないわよ?」
「ええっ!!?」
「本当ですか!?」
嬉々としている二人を横目に、エコは無言でキトゥンを見た。
腕を組んだ姿勢のまま、満足そうにキトゥンは笑みを浮かべている。
その笑みに、エコは何故だかセーラの微笑を重ねた。
なんだか嫌な予感がする。
それがその時のエコの心境の全てだった。
「さて。じゃあまず調べなければいけないことがあるから、一度学園に戻るわよ」
内心みんながどう思っているのかはわからなかったが、キトゥンの問答無用な雰囲気に一同頷くことしかできなかった。
そうして戻って来た学園敷地内、図書館で大量の書物の中から一冊の本を探すという『手伝い』が待っていたのである。
「本の題名は、『季節の精霊・冬の書』。そんなに厚くなくて、たしか赤茶の革の装丁だったはず。さあさあ、さっさと取り掛かるわよ」
すでに場を完全に仕切って、キトゥンは奥の方へと姿を消した。
「ところでエコ先輩、セーラ先輩。もうあと数時間もしないうちに朝日が見れそうなんですけど、私たち、寝させてもらえるんでしょうか……」
ややひきつった顔の後輩に、エコは何も言えなかった。
「えーと……確かこの辺りだったと思ったけど……あっちだったっけ?」
キョロキョロと辺りを見回しながら目的の本をキトゥンは黙々と探し続ける。
先程の神殿の姿は脳裏にしっかりと焼き付けられ、今も鮮やかに思い浮かべることができる。
「扉……閉ざされていた……」
他の人たちは気付かなかったようだ。
まあ滅多に拝めるものでもないし、自分もどういうものかあらかじめ知識があったからこそ気付いたのだが。
「神殿の扉が閉ざされているということは中に入れないということ……確かあの神殿の存在意義は……」
呟きながらも目は本棚の背表紙に向けられていた。
おぼろげに記憶に残る、書物に書かれた内容を思い出そうと意識を集中しようとしたキトゥンは、背後からの自分を呼ぶ声に振り返った。
そこには……。
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