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「禁断の魔法…とな?」
 ティーナの前で銀の瞳が困惑の色を浮かべて揺らめいた。
 シンと静まり返った図書館には、生徒の姿がちらほらと見受けられる。その数が少ないのはまだ午前中で、大抵の生徒は授業を受けているからだ。
 ティーナは数少ない生徒たちに聞かれることの無いように、たまたま姿を見せたマシューを資料室に引き込み、質問を投げかけた。名前を思い出せない少女と、禁断の魔法について。
「確かに過去、禁断の魔法を調べていて、そのうちに姿を消してしまった者がいたことは事実じゃ。しかしそれが先日のあの“声”の持ち主と同一人物であるかどうかは……」
 ゆったりと落ち着きのある口調でマシューは告げる。その手は自身の白い髭を撫でつけ、目は穏やかに笑みを浮かべている。
「ええ…そうかも知れません。全く関係ないのかも。ですがマシュー先生、私は知りたいのです。彼女が何故唐突にこの学園から姿を消してしまったのか、どこへ行ってしまったのか……どうして皆、彼女の名前を忘れてしまっているのか」
 ティーナは真正面からマシューの目を見つめていた。
 返答は得られない。沈黙が空間を支配する。そしてふと、マシューの穏やかな表情の中に憂いを認めてティーナは困惑した。
「先生?」
「どうしても知りたいというのならばわしの知ることを教えることは出来る。しかし……知ったところで何もできぬかも知れん」
 一つ深く息を吐いてマシューは問いかけの視線をティーナに向けた。意味を図りかねて小首を傾げるかつての学園の生徒に、マシューはさらに続ける。
「それでも、知りたいかの?」
「……ええ」
 コクリ、と迷いを見せずに頷いた。
 それを見てマシューは近くの椅子に腰掛け、ティーナにも座るように促した。
 長い話になるのだろうか。授業が終わるまでに聞き終えられれば良いのだが、と思っているとマシューが口を開いた。
「……かつてこの学園で素晴らしい才能を持った女生徒が居た。人が何年もかけて覚え、習得するものをわずか数年で修め、ゆくゆくは名のある魔術師になるだろうと誰もが思っていた」
 あの少女のことだろう。誰もが賞賛の目で彼女を見ていた。中には才能を妬んであからさまに悪態をつく者もいたが、そんな敵意を彼女はものともせずにいた。その姿が潔く見え、好ましく思っていた。
「女生徒は並外れた理解力を持っており、学園入園当初は真面目に授業を受けていたものの、そのうちに授業を受けるよりも自分で調べ、学習した方が遥かに時間を効率良く使えることに気づいた。わからない事だけ教師に聞くようになったのじゃな」
 他の人と同じ速度で学習することは、彼女にとっては物足りなかったのかもしれない。自分たちにとっては頭を悩ますことも、出来て当然の代物だったのだろう。
「学園の教師たちも、はじめこそはきちんと授業を受けることを要請しておったが、やがて諦めた。女生徒は1を教えると10を理解しておったからの。その速度で教えようとすると他の生徒が授業について来れない。それでは意味が無かったのでな。やがて特例ということで個人授業が行われたが、それもすぐに取り止めになった。情けないことだが、教師が女生徒の理解レベルについていけなくなったのじゃ。教えることがなくなったとも言うかのう……そうして女生徒は図書館に身をうずめ、丸一日動かずに読書をし続けるという光景も珍しくは無くなった」
 そうして、と言ってマシューは窓の外へ視線を移した。空は厚い雲で覆われている。雨が降りそうな空模様。
 ――そういえば、あの時もこんな風に雨が降りそうな天気だった。少女の消えた年の学園祭最終日。
「……女生徒は図書館の奥、閉ざされた扉をいつの間にか開いて、禁断の魔法の記された書物を発見した」
 そう。少女は確か、発表をしようとしていた。何か魔法の。
「正しく言うと、女生徒はそれが禁断の魔法だとは知らなかった。見たこともない魔法に夢中になり、なんとか発動させようと寝る間も惜しんで研究をしていた。まさか閉ざされた扉が開かれ、魔術書が持ち出されたなどとは夢にも思わなかったわしら教師は……それ故に対応が遅れた」
 誰一人として気づかなかったのだ、とどこか重々しい口調で呟かれた。
「学園祭最終日。女生徒はその魔法を大衆の前で発動してみせた。その時初めて事の重大にわしらは気づいたのじゃ……情けないことに、すべては遅すぎた……」
 禁断の魔法の発動。
 禁断、とされるのはもちろん理由があるのだ。
「女生徒の用いた魔法は時間に関するもの。過去・未来へと自身が移動できるとされる魔法じゃった」
「……では……彼女は……」
「どの時代へ移動したのか、わかるのは女生徒のみ。禁断の魔法を扱うことすら出来ぬ者にはわからぬことじゃった……それ故に今現在に至るまで女生徒は行方が知れない。誰もあの魔法を用いることはできず、探すこともできない。……わかるかの?」
 わかってしまった。それではどうしようもなかっただろうことが。探し出せるはずがないのだ。彼女と同等か、それ以上の実力がなければ。
「……もしも先日の“声”が、その女生徒ならば、未来へ来たことになるのかのう? いやしかし、彼女ほどの実力の持ち主が助けを求めるような事態を、一体誰が手助けできるというのか……」
 もっともな言葉に、ティーナは頷きを返した。
 少女の名前を思い出せないのは、もしかすると教師たちが禁断の魔法に関することを隠蔽すべく、記憶を消したのかもしれないと思いながら。
 そうして、助けを求めているあの“声”の持ち主をどうやって救えるか、頭を悩ませるのだった。

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