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 時計台の時間針の上でティーナとリナが待っていた。満月が周囲にその光を投げ出し、ダイナ学園の森を月色に染めている。ダイナ学園の時計台は文字盤と針だけがくっきりと闇夜にも見える様に工夫されている。シナンの展望台で見るそれも変わりない。
「そろそろかしら?」
 ティーナの問いかけに、リナが頷く。
 そういえば、学生時代もこんなことをしたわね。今回と逆だけれども…。
 ティーナは昔やった、罰ゲームを思い出して懐かしげに微笑んだ。
 その罰ゲームは、こちらで魔法で描き出した物をシナンの展望台に忍びこんで見てくるというものであった。
 例の少女もこんな事をしたのかしら? 成績優秀だった彼女も…。
「ティーナさん、なんか変ですよ」
 ティーナはリナが指し示した一の数字板に目をやった。
 本当だわ。そこのまわりだけ空間が歪み出してる。
 シナンで始った<しるし>かしら?
 ダイナ学園と外部との連絡方法は手紙以外は特別な折りしか取れない。それゆえに、今回の場合も取れない。シナンの展望台と学園の時計台の双方は感覚を研ぎ澄まし、洞察力をフル稼働させて、この件に当らなければいけないのである。
 ティーナは文字盤の1の数字に重なる様に微妙な距離感で浮いてるそれに手を延ばした。だが、やはり、それに触れる事は叶わない。


 それを睨みつけて、二人はさらに緊張した。
「なぁ…?!」
「わたくし達は何もしていなくてよね?」
「うん。してない…けど」
 セーラが月にチラリと視線を送る。
「この満月の作用ですかしら?」
 エコも目を細めてセーラに次いで月を見遣った。
 月は煌々と満月の明りを発散させて強烈なまでに輝いていた。その煌きのもと、ダイナ学園の時計台の針が微かに揺らめいている。
 その時、声が聞こえた。

 『ハヤク来テ、ワタシはココ! ハヤクして、ワタシヲ見ツケテ…時間ガ、ハヤク―名前ヲ―!!』

 セーラの金髪が揺れて、エコに向きかえる。
「き、聞きましたわね」
「名前って?」
「あの巻物にあるのですわ、きっと」
「時間がって、ないってことかな?」
 セーラはエコの問には答えずにそれに向って右手を翳した。琥珀色の瞳が月光に冴え渡るような力をたたえる。
「感じ取れますわ。ここからなら、魔法が可能なのね」
 エコも同じように左手を翳して、それに魔導の道を探して触手を延ばす。
 やはり、このダイナ学園以外で時計台が見えるシナンの展望台は特別なんだと、エコは思った。その理由はわからないけれど。
「セーラ?」
「いきますわよ。あれを開けば、きっとティーナさんがあとは上手く処理して下さるわ」
「うん。そうだね。ぼくらの中で女性徒の名前を知ってるのは彼女だけなんだから」
 エコとセーラはお互いの手を繋いだ。セーラは左手をエコは右手を。授業で、あるいは、セーラの『大事なこと』で協力しあっているから彼らに躊躇いはない。  二人はイメージを描く。
 それに向ってイメージを差し伸べる。エコとセーラの魔法の波長は同調し、それに向って――。


 ティーナとリナは満月の明りを背後に歪んだ空間を凝視していた。
「ティーナさん!」
 歪んだ空間で巻物がさらに歪む。
 パァ―ッン!!! と何かが弾け飛んだような感覚で、それは一枚の紙になった。
 ティーナは目を見開いた。
 ダイナ学園の卒業賞状だわ!
 卒業時に貰う学園長直々に一枚いちまい丁寧に思いを込めて書かれた学園章のデザインが施されたダイナ学園卒業賞状である。
 ティーナは瞬時に名前の場所に目を走らせた。
 ああ、そうだったわ。
 少女の姿がティーナの脳裏に浮かぶ。
 少女の名前は…。
 ティーナが賞状から記憶を呼び覚ました名前を口の端にのせた…。
 瞬間、通常では考えられないスピードで月が欠けだした。
 月食である! みるみる世界は闇に覆われ始める。
 突然の月食の闇の中、魔法を帯びた時間が飛ぶ―――。

 成績優秀で入学式で在校生代表として、壇上に上がり、訓辞を読み上げる姿は?
 女生徒が一人、ダイナ学園内にて行方不明になったって?
 謎の声が聞こえた?

 それらに関する一連の記憶は月食の闇の中に吸い込まれていった。
 月食の闇は何もかもを奪っていく――。

 ただ、学園長が送りこんだダイナ学園卒業賞状だけが、それだけが少女を現実へと引き戻した。だが、それは以前とは違った現実――。
 残されたのは成績優秀でもない一人の女性徒が卒業賞状を抱いて卒業したという事実。
 彼の女性徒が試みた禁断の時間魔法を手にした代償は大きかったのか。その逆に小さかったのか。学園長とオールセインツの魔法の封印帳に記述が残るのみとなった今、誰にもわからなかった。その記憶自体は記した学園長からもオールセインツからも存在しない記憶となったゆえに。再び、同じような出来事が起り封印が解かれる日まで永遠に記憶の彼方に葬り去られた…。

 その刹那、ティーナは確かに聞いた気がした。入学して初めて聞いた彼の少女の妖精の歌声のようなあの声を。
 『ありがとうー!』というのを――。
 だが、その記憶もまた、時間も闇の中に吸い込まれていってしまった。

 何もあり得なかった。
 なにも起らなかった。
 時間がそれらの痕跡をことごとく塗り替え消し去っていってしまったのだから……。




「……ティーナさん、聞いてます?」
 ハッとして、声の主を見るティーナだった。
「なんだったかしら、リナ?」
 リナは模擬店の衣装なのだろうか、背中に羽をつけ、妖精のような恰好をしていた。その黒髪に淡いパールピンクの衣装が似合っていて可愛いらしい。
「これからザブレフさんを応援しに行くっていう話ですよ」
「ああ、私は無理よ。ところで、彼はどれにしたの?」
「実技部門です。魔法は完全に諦めて、それ以外にしたそうです」
 善い選択だわ。確かに彼の魔法の才能では魔法部門は無理だろう。ティーナは納得したように頷いた。
「で、実技部門のなに?」
「裁縫とかの、家事種目です」
 そういえば、繕い物は得意とか言ってたわね。でも…。
「セーラ先輩が勧めたんです」
 なるほどね。あの、超前向きなセーラに逆らえるザブレフではない。でも、やっと、あの子も進級できるわね。諦めや落第ばかりが人生ではないのだから。これで何かがあの子の中で変わるわ。
 ぜひ、変わって欲しいとティーナは思った。このダイナ学園は魔法・剣術・その他の学問を教える総合学園である。様々な教科と多才な将来の志向を見せてくれるように用意されている。そもそも魔法にこだわる必用はないのである。こだわる心は時には予想外の落とし穴を用意していたりするものなのだから。
 もっと自由にその人らしく伸び伸びと学園生活を楽しんで欲しい。常々、ティーナ・ラサーテはこの学園の東端にある大陸一の膨大な書籍量を誇る図書館で司書の仕事をしながら、いろいろな生徒たちを見るにつけそう思っていた。

   ティーナはその優しい眼差しを細めて、晴れ渡った6月の空を見上げた。
 今年の学園祭もますます楽しくなりそうだわ。

 今日一日、ダイナ学園は研究結果発表やら、模擬店やら、各種競技会が華やかに開催され、笑う者、喜ぶ者、悔しがる者、泣く者、生徒達の声が絶えまない。
 禁断の魔法を用いた者の声だけが閉ざされる以外は……。



 時というものは、やさしくもあり、残酷でもある
 誰にもひとしく降り積もり、そして何もかもを奪っていく
 時を統べるということ
 それは全世界を手中に治める術
 高度な時間魔法は、ゆえに禁断とされ、
 それを操るものは闇に葬られてきた
 この封印が永遠に解かれることのなきを望む
 何人(なんびと)もこの書に触れることなかれ…

                    ――著者不明

―終―


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