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| 「ふぅ…」 思わずエコはつきたくもないため息をついていた。 校歌の謎を突き詰めるべく、わざわざ苦手なマーリンとモーラに会いに行ったのに、用件を言う前から煙に巻かれ、かつ…後ろを振り返れば笑顔のリナ。 彼女もまたアルヴィト先生の思いつきから押し付けられた感じがして、エコはやっぱり進級の不安が募るばかりだった。 「ふぅ…」 今日、何度目のため息だろう。 「ダメですよ、先輩。ため息の数だけ幸せが逃げちゃうんですから♪ さぁさ、課題、課題!」 例の事件以来、妙に自分を慕ってくれているのはいいのだが、責任感の強いエコにとっては場合により大きな負担でもあった。 やがて二人はリナの提案で裏庭へと来ていた。 時すでに陽は傾き始めており、校舎が長い影になり薄暗い。裏庭は多くの生徒が在籍する学園なのに全く人さびしく、進級課題でもなければ決して足を踏み入れない場所だろう。だが、ここにはダイナ学園創成に携わったとも言われ、校歌にもなった聖人の像があるのだ。 途中、草むしりをする24/7に出会ったが、挨拶をしたところで、無心に勤しむだけだった。 広い海原に、波しぶく岸壁。 西空に沈みつある大きな夕陽を右頬に受け、白亜の聖人の像が紅く染まる。 大剣を右手に、分厚い書物を左手に持ち、微笑みを浮かべて威厳に溢れる彼の背丈は、エコの倍はあるだろう。 今日も学園と海をやさしく見守るかのようにして聖人の像は屹立していた。 「これが聖人の像…私、初めて見ました、エコ先輩」 すっかり聖人の像に心奪われたリナは、憧憬の眼差しだ。 「やさしい表情ですよねぇ。この人なら学園創立に携わった人と言うのもわかる気がします。ねぇ、先輩?」 「…そ、そうだね」 「初代セインツだったとも言われてますもんねぇ」 「う、うん…」 「ダイナの精霊と契約を交わして以来、この学園のバランスも保たれているんだとか」 「だよねぇ…」 今ひとつ噛み合わない話のせいか、リナの疑いの目から逃げるようにエコは視線を落とした。 こんなことなら、もうちょっと学園史の授業、真面目に聞いておけばよかったかなぁ…。 「…ですよねぇ」 見透かされたかのようなリナの相槌。 当然、聖人の像の前に来たからと、校歌の書かれた羊皮紙とにらめっこしていても求める答えの出るものではなかった。 その一連のやりとりを影で見ていたセーラは、何となく二人の間に入るタイミングを失い、どうやって声をかけたものか考えあぐねいていた。 「どうですの、課題は進んでいて? …ちょっと違うわねぇ。 わたくし、決めましたわ! 将来はルーセン家の名を汚さぬよう、この学園の講師に…ウウン、これでもないわねぇ…ふぅ」 一方、像を前にして二人も行き詰っていた。 校歌と聖人の像、その二つが繋がっているのは事実だった。だが、そこからどうしたらよいものか、エコにはこれ以上、進展が望めそうもなかった。
頭を悩ますエコをよそに、羊皮紙を見ながら、何気なくリズムに乗せてリナは歌っていた。 二度目のフレーズの際には、ノせられたようにエコもリナに合わせて校歌を口ずさんでいた。 数回目にして、一瞬、波風が止んだ気がした。 「あぁっ…見てください、先輩っ! コレ、文字が…校歌の続きが浮かんできました!」 「えっ!? どれどれ…?」 リナの手元に顔を寄せるエコをきっかけにしてか、セーラが二人の前に進み出ていた。 「コホン…これだわ…エ、エコ! どうなの貴方、いったい、わたくしとの課題は進んでいて…!」 「うっ…頭が! マーリンとモーラの声が響く…」 「エコ先輩っ!?」 セーラの呼びかけが聞こえるまでもなく、頭を抱えこむエコを心配そうに覗き込むリナへ、セーラの声はより大きく高くなった。 「エ、エコ! エコ・グラント? 貴方、課題は… きゃぁっ! エコッ!!」 突如、セーラの悲鳴…。 リナが放り捨てた羊皮紙を拾い、二人に近づくセーラに向かって、何と聖人の像が剣を振りかざして襲いかかろうとしているではないか! 「セーラ先輩っ!!」 「セーラ…!」 激しい頭痛に気が薄れいくエコ。 リナも自分を抱えたまま、身動きひとつとれないでいた。 強烈に眩い光に包まれながら、エコは気を失っていた……。 「ありがとう、24/7」 ティーナがそう言うと、無愛想に返事もなく、ただ頭を下げて彼は出て行った。 「どぉ、具合は?」 ソファに横たわるエコを覗き込んだ。 「う……。ティー、ナさん?」 エコのぼやけていた視界が次第にはっきりしてきた。 「本来なら保健室へ連れて行くところでしょうけど、ホラ…ここからすぐだったから」 窓を指差すティーナ。 本にとって光はよくない。高台にそびえるダイナ学園の長い西日から守るため、図書室は南向き、つまり裏庭を見下ろす形で設けられていたのだった。 「…もっとも、私は本を読んでいて気づかなかったんだけどね」 開けっぴろげに照れ笑い。 「大分よくなりました。ツツ…まだちょっと耳鳴りがしますけど」 エコは重い身体を起こし、リナから受け取った水をゆっくりと飲み干した。 「…でも、ティーナさん。貴方が助けてくださらなかったとしたら、いったいどなたがわたくし達を?」 助けてくれた事を感謝しつつも、素直に表せないセーラの聞き方を知ってか知らずかティーナは即答していた。 「キトゥンよ」 「キトゥンさんが!?」 三人の予想通りの対応に、思わずティーナは笑っていた。 「調べ物があるとかってココに来てたところだったの。で、異変に気づいた彼女が貴方たちを助けてくれたってわけ。ちなみに運んでくれたのは24/7。後で二人にお礼を言っておくことね」 「キトゥンさんが…わたくしを」 自らを納得させようと繰り返すセーラ。 「それにしても、まさか聖人の像が襲いかかってくるだなんて…驚きました」 「聖人の像…?」 エコの言葉に、ティーナは露骨に不思議そうな表情を浮かべた。 「…あれ? キトゥンから聞いてないですか? 私たち、聖人の像に襲われたんですよ!」 自分だけが知っている芸能ニュースを話すときのように、リナは興奮していた。 しかし、一瞬の間の後、ティーナは大声を出して笑っていた。 はるか見当違いのことを言ったような気がして、セーラは顔を赤らめた。 「…笑い事じゃないですよ、ティーナさん!」 「そうですよ、ぼく達は本当に…」 あまりに遠慮なく笑うティーナに、エコも自分が見間違えたのかと思ったほどだ。 「アハハ…ゴメン、ゴメン。貴方たちがあまりにトんだこと言うから」 「あれぇ…本当だ。見てください先輩、聖人の像はあのときのままですよぉ」 慌て窓から身を乗り出す二人。リナの言うとおり、聖人の像は変わらず西日を頬に、穏やかな海原を見守っていた。 「う〜ん、おかしいなぁ。とすると、アレはいったいどういう…」 「そうそう…そのお陰でキトゥンが借りようとしていた本をここに置いていってしまったの。コレ、渡しておいてくれる、彼女に」 ティーナから受け取った本。三人がかろうじて読めた単語が『聖人』と『詩』。 「先輩…校歌のこともやっぱりセインツと関わりがあるんでしょうか?」 セーラへ小声で話すリナ。 「ですわよね。でも、わたくしはセインツの力なんて決して借りなくてよ…」 二人の会話が聞こえたのかはわからないが、ティーナは続けていた。 「そうそう、セーラ…。仮にもこの学園の卒業生である私が、課題についてとやかく言うつもりはないけれど、エコに貴方をつけるようにマシュー先生へ嘆願したのは、他でもなくキトゥンだからね。これ老婆心」 そう言って、再度、大口開けて笑うティーナに何も言えない三人だった。 |