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 十八時半、学園寮―――
 色々なことがあったが、これといった成果もなく二人は寮へ戻ってきていた。

 自室に戻って横になると、思い出したように空腹を感じてセーラは食堂へ向かった。
 この時期、進級や卒業課題のせいか人も少なく、広い食堂は余計静かに感じられた。
 トレイに夕食をもらうと、待ち合わせたわけでもないのに(一緒にいるのが当然とばかり)セーラはエコを探していた。そんな自分に気付き、ひとり顔を赤らめ伏目がちに歩いていると、窓際の席で水色の前髪を弄んでいた生徒と目が合った。
「…ステラ先輩?」
 大きな吊り眼を少し意地悪そうに細めて、ステラは微笑んだ。
「そう、ステラ・クロスビー。あなたは…」
「十一年生のセーラ・リニー・ルーセンと申します」
「ウン、知ってる」
「…わたくしをご存知でして?」
「まぁねぇ…、とりあえず座れば?」
「は、はい! でも丁度よかったですわ。先輩にお聞きしたいことがありましたの」
「へぇ、何だろう」
 ステラの独特の間にすっかり引き込まれていたセーラ。魔法にでもかかったかのようにいつになく饒舌になっていた。
「実は、わたくしの進級課題についてなんですの。以前、ティーナさんにお聞きしたのを思い出したのですけれど、先輩は校歌を作詞されたアミエルさんとお知り合いとか?」
「アミエル…、素敵な人。とっても歌が上手で、とってもキレイな。でも、誤解してはダメ。作詞したわけじゃないの。ただ紐解いただけ」
「紐解いた…?」
 セーラに疑問を感じさせる暇もなく、ステラの口は止まらない。
「ティーナはアミエルといつも一緒だった。そしてもう一人と三人で歌ってばかりいたわ」
「…えっ、ティーナさんが!? 知りませんでした。そう、それでですね…」

 これまでの顛末を悉く話し終え、セーラが一息ついた瞬間――ふいに手を握られ、ステラの視線が心まで覗かんばかりに突き刺さった。
「…先輩!?」
「麗しの瞳…、フレイヤの涙は海へ沈み、アンバーに―――」
「い、嫌ですわ、先輩ったら…」
 照れたセーラが目を閉じた。
「―――――!」
 気配もなく後ろに回っていたステラが肩を掴んでいた。柔らかなタッチなのに力が入らない。そのままゆっくりと頬を寄せられ、ほんのり薫るステラの甘い匂いに、セーラの鼓動は更に早くなる。
「艶やかな髪…、地上に堕ちて黄金へ」
 ゆったりとカールを巻くセーラの巻き毛を眼前で伸ばし遊ぶ。息遣いが聞こえるほど近いステラの距離に息を呑む。
「けれども、内に秘めた闘志は誰にも負けない、熱い熱い――緋」
 一瞬、心臓が止まったかのようにドキリ。
「貴女の為には平静を保つ色が必要――でも今は全てを知るときではないわ…そう、まだ」
 ステラの手が離れると同時に緊張の糸は解け、思い出したかのようにセーラは長い息を吐いた。
「…先輩、まだ話は――」
 すでに食堂の出口近いステラは、歩みを止めず片手をヒラヒラと振って見せた。
「用事…、思い出したみたい」
「…はぁ」
 ノリの噛み合わないやりとりに、最後まで押し切られた感が強い。しかし考えてみると、そんな自分は珍しい。逆にステラとは馬が合うのかと感じてもいた。

 鼓動が落ち着いてくると喉元に違和感があり、見ればネックレスの先、鎖骨にヒヤリと冷たい小粒の藍玉は、ステラの髪色のように澄んだアクア・マリン――。
 知らぬ間につけられていたんだろう。手にすると、不思議にやさしい感じに包まれ、心静まっていくアクア・マリンをセーラはいつまでも握っていた。


 十七時、会議室――。
 エコやセーラと別れた後、再びリナはあの部屋にいた。ただひとつ違う点といえば、今度は自分の意思でやってきたということ。

 円卓に座ると、自分の前の燭台にだけ灯が点いた。向こう正面に誰かが座っているのは分かる。だが何の灯もなく、どんな誰かは分からない。
「いつも突然ね、諮問委員会は――」
 明らかに不満げなリナ。
「フフ、諮問する気はないんだけどね。変わらないな、リナ・ミラージュは」
「全く」
 呼び出しておいて嘲笑するかのようにも聞こえたが、リナはいたって冷静だ。
「セインツはエコ先輩とセーラ先輩を止揚させるつもりね? 危険だわ」
 社交辞令は必要ない。リナは直裁的に切り出した。
 キトゥンとの話から考え出された結論だったが、あえて彼女の名は出さなかった。昼間話した限りでは、彼女の言葉に嘘はなかった。ましてこの件に関してキトゥンとセインツとの関連性が見出せなかったからだ。
「これは諮問委員会よ、リナ・ミラージュ。あなたからの質問は許されてないわ」
「質問、と言うよりは忠告ね」
「忠告? ハハッ…、思った以上に面白いコだな」
「流石は僅か二年で十年生になっただけあるね」
 最初から分かっていた。セインツがまともに取り合うはずもない。返答から推し量るつもりだったのだ。
「無駄話はそのくらいにしておこう。リナ・ミラージュ、順調そうだな」
「返事も無用でしょ? 行動は全てセインツの監視下だもの」
「言葉を慎みなさい、リナ・ミラージュ」
「いいじゃないか、記録が残るわけでもない――」
 確かに書記と名乗ったロメオの気配はなく、羽ペンが字を綴る音もない。
 まして各人が言葉を発しているわけではない。キトゥン同様、みな直接リナの精神へ語りかけてくるのだ。
「…話題を変えよう、リナ・ミラージュ」
「セインツへ入る気になったかね?」
「以前も言ったわ。もちろん、お断り」
「…聖服を着る気はない、と」
「そうよ」
「ハハ、即答だ」
「だが、その魔力は実に惜しい」
「ありがとう、セインツに認められて嬉しいわね」
 間断ない会話を続けながらも頭に響くセインツたちの声を、冷静に聞き分けていた。
 これまでの発言から女一、男三の計四人。だが、気配は他にも感じている。
「…ディスティニーズ・チャイルズ(宿命の子ら)」
 この単語――早急かと思ったが、リナはそこにいるであろう、ある人物を引っ張り出したかった。だが、やはり状況は裏目に出た。
 ふいに燭台の灯が消えた。
 空気が重い。暗闇の中、無音状態が続く――。
 リナはただ平静を保とうと、じっと時を待った。視覚に聴覚まで遮られ、時間という感覚まで奪われてはたまらない。次第に平衡感覚も薄れ、椅子から転げ落ちそうになるのを必死でこらえた。
 臨界点間近――「消せ」
 そうセインツの声が微かに頭に響いたのを最後にリナの意識は飛んでいた。
 諮問委員会における全ての記録・記憶はセインツの都合に合わせて消去される。
 かつてリナは予め自らにアンチ・デリート・メモリー(強制記憶操作に対して、術者自身へかけられる魔法。一旦は失いかけた記憶が後に蘇る)をかけておいたこともあったが、それを見過ごすセインツではなかった。


 数時間後――。
 覚えのない教室で24/7に起こされて、リナは目が覚めた。
 記憶操作はコンピュータとは違い、生物にとって負担は大きい。まして十年生とはいえ、僅か十歳のリナには容易に耐えうるものではなかった。
 だが、今こうして感じている激しい頭痛と耳鳴りこそが、諮問委員会へ行ったというただひとつの証。
 その日は夕食をとる余裕もなく、倒れるように眠りについた――。


 二十二時、学園寮―――――。
 どこからともなく現れた2匹のハエが、不快な音を出して寮舎に近づくなり、何もない空間で感電するかのようにバチッと弾け飛ばされた。
「痛ツツ…」
 草むらに頭や腰を抱えて倒れるマーリンとモーラ。
「…いつの間に結界なんかはってたんだい!?」
「あたしゃ知らないよ!」
 押し殺した甲高い声が闇に流れた。

 結界は高等魔法に分類され、おいそれと誰もが容易にできる代物ではない。
 対象の大きさや永続時間によって相応の魔力と魔法技術を必要とし、寮舎程の大きさともなれば、それを中心とした正五角形の頂点に術者らが立ち、時を合わせて呪文の詠唱を始めなければ成功は難しいだろう。だが、セインツクラスともなれば、話は別だ。
 時遡るに、授業終了を知らせる十五時の鐘――。
 24/7が奏でるリズムに合わせて、寮舎の五点地に貼られた羊皮紙へ一斉に羽ペンが舞い、同時に重話による呪文の五重詠唱から結界は完成された。
 各々が得意とする能力を十二分に活かした、キトゥンとロメオの二人だけが可能にする言わば合体魔法だった。

 騒ぎを聞きつけた寮長のアルヴィトが慌てて外へ出てきた。走り逃げるマーリンとモーラを見つけ、追いかけていった。
「ハハ…。備えあれば憂いなし、だね」
「えぇ――先生方には悪いけど、どうしても彼らの力で解決させたいもの」
 少し離れた校舎の屋上に、寮を見下ろして座るアトミック・キトゥンとロメオ・ジリ。
 満天の星下、疎らに点いた部屋の灯りがシンデレラを運ぶ巨大なカボチャの馬車のようにキレイだった。
「アティ(アトミック・キトゥンの愛称)、本当は君自身で――」
「あら…。分かってるくせに」
 質問を遮るように軽く顎を上げ微笑んだキトゥンは、夜に限りなく華やかだった。昼間の会議や普段見せているような張り詰めた表情はそこにはない。
 その笑顔に安心したのか、ロメオは続きをうまく呑み込めた。
「あの様子ならもう邪魔はないね…。それに、どうやら心配してくれるのは我々だけではなさそうだし」
 寮舎の青い三角屋根の縁ギリギリに水色の猫が欠伸をしていた。
 ロメオのウィンクに、月夜に輝く檸檬色の瞳を細くして、口だけで笑ったような表情で応え、脚で頭をかいた。
「さ、帰ろう――」
「ゴメン…。私はもう少し」
 悲壮な決意に濡れた瞳。ロメオに止める術はない。
「分かった…。風邪、ひかないようにね」
「ありがと――」
 夜凪が穏やかに―――
 さわわと草木を撫でる。

   一人になると、自然に姉アミエルのことが思い浮かぶ。
 かつてセインツの一員であり、皆に愛された学園きっての才女。
 卒業も間近に迫る、あの日――アミエルは謎の死を遂げた。

 そろそろ自分も戻ろうかと思っていたところに――。
「あれは――フィンにザブレフ、それにエコ…?」
 三人が裏門から人目を忍ぶように抜け出していく。
「向こうは裏庭…、まさか」
 急ぎ彼らを追っているキトゥンの目の端に、エコが丸め持つ羊皮紙を抱えているのが見えていた。

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