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「さぁ、着いたよ」
 唐突にフィンが足を止める。
 それまで考え事に耽っていたエコは、不覚にも反応が遅れて、その背中にぶつかってしまった。
「あいて! ……す、すみません」
 慌てるエコに、フィンはくすりと笑みをこぼす。
それから、ゆっくりと聖人像を見上げた。それにつられて、エコも、そしてザブレフも視線を上げる。暗闇の中でぼおっと白く輝くそれは、夕方に見たものとは何だか別のものであるような気がした。神秘的で、どこか近寄りがたい雰囲気を放っている。
「ここで、この羊皮紙に書かれているフレーズを歌ったんです」
 羊皮紙をゆっくりと広げて、エコは小さく呟く。
 あのときはリナが歌い出したのを聞いて、彼も何気なく歌い始めたのだ。そして何度か同じフレーズを口ずさんだ後……。
「そうしたら、この聖人像が襲ってきた、という訳か」
「ここで校歌を歌って、もし羊皮紙が発動したら、どうするんだ?」
 ザブレフが不安そうに問いかける。そう思うのも無理はない。これから何が起きるのか、いや、それ以前に何かが起きるのかどうかさえ分からないのだから。
 しかしフィンは少し首を傾げただけで、にこりと微笑んでみせる。
「その時はその時さ」
 ザブレフは諦めたように大きなため息をついた。
 どうしてフィンはこんなにも余裕なのだろう。エコは不思議に思う。
 彼は何かを知っているのか? だとしたらどうして? 自分と一緒に裏庭へ行こうなどと言い出した理由は?そんな疑問が頭の中でぐるぐると渦を巻く。
「さぁ」
 ふいにフィンが声を上げた。高く澄んだその声は、裏庭に響き渡る。
 エコは導かれるように、羊皮紙へと視線を落とす。
 そして、もう1度あの校歌を口ずさみ始めた。

 『♪~聖人が行進する時
   どうぞ、私も仲間に入れてください

    この世界がその輝きを失う時
   どうぞ、私も仲間に入れてください

    聖人が行進する時
   どうぞ、私も仲間に入れてください』

 どれくらいそれを繰り返したのだろう。
 聖人像はいつもと変わらない様子でそこに佇んでいる。あのときのように頭痛に襲われることもない。
 何だ、やっぱり何も起きないじゃないか。エコは残念に思って小さくため息をついた。こうなることは分かっていたはずなのに、心のどこかで何かが起きることを知らず知らずの内に望んでいた。
 その「何か」が起こって、また新たなトラブルに巻き込まれるのは嫌なはずなのだけれど。
「やっぱり、何も変わらないですね」
 そう言ってエコは振り返る。
 しかし、そこにはフィンはおろか、ザブレフの姿さえもない。
「……?」
 辺りを見まわしてみるが人影はなく、奇妙な違和感を感じた。
 これはどういうことだろう。
 困惑するエコの脳裏に、ある1つの考えがよぎった。

……ひょっとしたら、羊皮紙は発動してしまったのではないだろうかと。


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