目次はじめに登場人物世界観等学園行事執筆仲間MLについて掲示板

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 エコが本を持っているのを見つけたキトゥンは軽く微笑むと、次の瞬間には奪うように小脇へ抱えていた。
「ありがとう、お陰で取りに行く手間が省けたわ。さぁ、ついてきて」
 返事も待たずに、すでにキトゥンは廊下を曲がろうとしていた。
「ちょ…、ついてきてって、キトゥンさん!?」
 顔を見合わせた三人は、慌て彼女を追いかけた。
「…いったいどこに行くんですか、キトゥンさん?」
「そうですわ。わたくしたちはエコのせいで課題のためにしなくてはならないことが山ほどあって―――――」
「ストーップ! 質問は後。今は黙って私についてきてくれるのが先決なの」
 さすがにキトゥン、抜群のタイミングにみな二の句も言えず押し切られた。

「先輩…。先輩!」
 リナが小声でエコの袖を引く。
「…気づきました? 珍しくキトゥンが正装してるのに」
 そう言われるまでエコは気付かなかった。
 セーラやリナと同じ学生服の上に七つボタンの純白の外套。そして左腕に目立つのが深紅の腕章―――学園の記章の周りに、大きな星ひとつと小さな星が十二が金糸で編まれている。言うまでもなく、それこそがオール・セインツの一員たる証。
 セインツの正装はやはり威圧的に見えるのだろう。廊下を歩くキトゥンをモーゼ宜しく生徒たちは避けるようにすれ違っていた。
 キトゥンもそれを知ってか公式の場以外では正装は滅多にしなかったのだが―――――。

 ダイナ学園の記章は正五角形の枠組みの中、シナンの港を象徴する錨を中心に魔術を表す杖と武術を表す剣が重なり、ヘリオトロープの葉が円く囲む。
 ノートに鉛筆、定規などの学用品。はては学食の食器から制服と園内の至る所に刻まれており、新入生は無論、在校生ですら否が応にも自分がダイナ学園で学んでいることを思い知る。
 そして今、どこにでもある廊下のどこにでもある記章の前に立ち止まると、キトゥンの左手がごく自然にそこに置かれた。
 軽く目を閉じた彼女の中指に見えた指輪が鈍い翠にぼぉっと光ると、突如そこに入り口が現れた。
「…さ、早く。この扉は長く開いてないわ」
 言われるまま三人はキトゥンに続くと、廊下は何事もなかったように元に戻った。


 暗い室内には二十人は座れるであろう黒塗りの大きな円卓。その卓上には席の数だけの燭台と六冊の分厚い記帳が向きを揃えて並べられていた。
 気がつけば、どこからか誰かのハミングが聞こえてくる。音の方向に目をやると、音楽のリズムに合わせて無数の羽ペンが強弱をつけて宙を踊っていた。
「ロメオ、遊ばないでちょうだい」
 驚く三人とは対照的にキトゥンは冷静に言い捨てた。
「今ノってきたとこだったのに―――」
 舞っていた羽ペンが一箇所に集約し、無造作に散らばったと思うと、瞬時にして背高い男が現れていた。
 胸元から取り出した黒縁の四角い眼鏡をかけ、一同の顔をゆっくりと見回すと灰色の瞳がやさしげに笑った。
「初めまして、ボクはロメオ・ジリ。オール・セインツでは書記を担当します」
 長い手を胸に、深く丁寧な礼をすると線の柔らかな灰髪が微かに揺れた。
 挨拶を返そうと口を開きかけたエコを向くと
「エコ・クラント」
 次いでセーラ、リナへと話しかけた。
「セーラ・リニー・ルーセンにリナ・ミラージュ。紹介は無用です。キミたちのことはキトゥンから聞いていますから――」
「さ、みんな。おしゃべりはそこまでよ。表紙に名前が書かれてあるから、その席どおりに座って」
 いつの間にかキトゥンは壁を背にして円卓に座っていた。
 すっかり場に呑まれた三人は彼らのペースに乗せられ、記帳に自分の名前を確認し、言われたとおりに着席すると、燭台にぽっと火が灯った。
 リナの隣にまだ二つの記帳が残っているのを不思議に思う彼らを察してか、キトゥンが部屋の隅に向かって言った。
「フィンにザブレフ…、あなたたちもよ」
 視線が暗がりに集まると、罰の悪そうなザブレフにすまし顔のフィンが姿を現し、渋々と円卓へ腰掛けた。

 ひと呼吸おいて、キトゥンはよくとおる声で話し始めた。
「…では、これより第二期百〇五本会議を始めます。いい、みんな…、これはオール・セインツによる本会議。会話は全て議事録に残ります。二度は言わないから、よく聞いて」
 発言に合わせて彼女の名前が入る記帳がふわあっと音もなく開き、何枚かを捲り終えるとピタと止まった。  その頁にインクへ顔を浸した羽ペンが軽く二、三度お辞儀して雫を切ると、キトゥンの言葉を漏らさず書き留めていく。 「時間は大切よ。聞きたいことがあれば、心の中でよくまとめてからお願い」
 理解したかどうか一同の目を見てキトゥンは頷いた。
「では、質問のある方はどうぞ―――」
「キトゥンさん! 何故、わたくしが課題をエコとしなければ…」
「キトゥンさん! どうしてぼくがセーラと一緒に…」
 始まると同時に発言し、互いに顔を見合すセーラとエコ。
 軽いため息を吐きつつも、キトゥンはエコの瞳をじっと見つめた。
「(…聞こえる、エコ?)」
「わぁ、スゴイ…! 聞こえます、キトゥンさん!」
 キトゥンの言葉が、身体に直接響く感覚。
「(いい、集中よ。心を解放して、自己と対象の意識を一体化させるの―――」
「(はい…。でも、セーラを感じることができるかなぁ。彼女ったらいつも怒ってばかりで―――」
 何かを察したのか、声に出してセーラ。
「…エコ。ひょっとしてわたくしの悪口を何か言ってるんではなくて?」
「へ…? い、いやだな、何も言ってないよ!」
「二人とも…、当然、その会話も記録に残るのよ。もっとよく考えて」
 笑いをこらえるロメオ。
 もちろん、羽ペンは発言だけを残さずに書き記している。

「(みんなの心の周波数を同調させるの―――どう? 聞こえた人は返事をして)」
 皆の返事が同時にキトゥンに響いた。
「(質問の続きを―――)」
「(聖人の行進…、最初のフレーズに継ぐ歌詞はあるの?)」
 誰よりも早くフィン。
「(あるわ。あなたたちが課題を与えられたのは伊達じゃないの)」
 答えが分かっていながらも、あえて聞いたという表情。
  「(キトゥンさん…、さっきの質問ですけど、どうしてぼくとセーラで課題をこなすようにと先生に言われたんですか?)」
「(セインツの考えなの。私としても適していると思うけど、ねぇセーラ?)」
「(え!? え、えぇ…。そ、そうですわね―――)」

「(何故、セインツが僕を諮問委員会に…)」
「(今回のは諮問委員会ではないわ、本会議よ、ザブレフ。あなたへの課題は重要かつ困難なもの、諦めないで臨むことね)」
 その後、彼らはこういった会話が珍しいのか楽しいのか、会議はしばらくこの調子で続けられた―――――。

「《…キトゥン、波長を変えれば私の声は他の人には聞こえないのよね?》」
 会議が始まって以来、初めてリナが発心した。
 この質問にはキトゥンも僅か遅れた。
「《そうよ、リナ》」
「《ずばり言うわ。あなたが図書室で借りた『聖人による詩作と壊心、その止揚』アレって封書よね…。何故あなたが?》」
「《鋭い質問ね――――。 あなたが哲学専攻なの忘れていたわ》」
「《はぐらかさないで。セーラ先輩が聖人の像に襲われたことは確かなのよ》」
 無論、キトゥンはリナとこうして話していながらも、他の質問には間断なく答えている。
「《ホナー先生は先輩が思ったことを形にしてしまったと仰っていたわ》」
「《そうね、彼の言うとおりだと思うわ…。ただ事態はそれほど単純ではないわ》」
「《セインツはどこまで知っているの?》」
「《まず…封書を借りたのは私的なことよ。セインツとは関係ないわ。それに無責任な返事かもしれないけど、セインツがどこまで知っているのか、何を考えているのか私でも分からないのが現状よ―――》」 「《そう…。あなたなら何か知っていると思ったけど》」
「《ゴメン、今はこれくらいしか力になれなくて…》」
「《ううん、私こそゴメン。これは私たちの課題だもの、自分たちでどうにかしなくちゃ》」
 他に気づかれぬよう、リナは屈託のない笑顔をキトゥンに返した。
「《リナ、これは友人としての忠告。分かっているとは思うけど『聖人の行進』に触れることは危険が伴うわ。エコとセーラ、二人とよく協力することね》」
「《ありがとう、キトゥン…。少し頼りない先輩だけど、私は信じてるわ》」

「…質問は以上ね」
 静まる円卓を見回してキトゥン。
「これにて第二期百〇語本会議を終わります。みんな、お疲れ様―――――」
 緊張が解けたのか、一斉に息を吐く音が漏れた。
「さ、みんな。各自の本分に戻ってちょうだい」
   キトゥンとて自らを媒体として、各人に発心し続けることは相応の疲労が伴う。
 軽く背もたれに寄りかかると、目を閉じた。
【ライ・ナウ!】  キトゥンが口を閉じているにも係わらず、羽ペンがそう言葉を綴るとキトゥンの記帳が音もなく閉じられた。
「ロメオ、何も言ってないわ」
「言うと思ってね…」
 彼の微笑に少し呆れた微笑を返したキトゥンは、すっかり談笑する彼らを見回して、記帳どおりにこう言った。
「ライ・ナウ(さぁ急いで)!」
 いつもの台詞に、皆が蜘蛛の子を散らすように部屋を出て行ったのは言うまでもない。


「ふぅ…。長く着てると疲れるわね――――――」
 キトゥンは七つボタンの聖服を脱いで椅子にかけた。
 壁の記章にロメオが手をやると、一面が瞬時にして大きな窓になり、海原へ沈む夕陽が室内をやさしい赤色に包み込んだ。
「聖服は着衣する者の魔力を増長してくれるけど、波長が合わないと逆に負担だもんね。それを自らの精神力で制するわけだから、まさに制服…。まぁ、だからこそ代々のセインツが受け継いでいくわけだけど―――――」
 ロメオ自身も着ていた服の胸元を引っ張ってみせた。
「そう言えば、確かキミのは――――――」
「…姉さんのを譲られたわ」
「シャイナも聖服がよく似合う人だったな」
「えぇ――――――」
 窓を開けると、夕刻の柔らかな海風がさぁっと入り込んできた。
 会議の熱気を程よく冷ます涼しさに、しばし二人は風に吹かれて黙ったままシナンの大海原を眺めていた。

「来てたわね…」
 揺れた前髪をかきあげてキトゥン。
「ウン、三人…。いや、この際、三匹と呼ぶべきかな? うるさい二匹のハエと、それを追いかけてカエルが一匹」
 話に合わせて三本の羽ペンが宙を舞った。
「それにしても、うぇっ…。アルヴィト先生ったら、どうしてカエルなのさ? もしかして何かあったら二人を食べちゃうつもりだったんじゃ…」
「やだ、まさか…! たまたまマーリン先生とモーラ先生がハエに変化しただけよ。変化の魔法は術者の心を大きく反映するもの。アルヴィト先生はホラ…、カエルになって女生徒を驚かすが好きなのよ。私も三年生最初の授業のとき、やられたわ」
「キミも驚いた?」
 間を置いたキトゥンは、少し頬を赤らめた。
「私は…、逆に変化してあげたの、蛇に」
「ハハ、そりゃいいや! キミ、カエルは大嫌いだもんね」
「笑い事じゃないわ、もうっ…!」
「ハハ、ハ……。ゴメン、ゴメン」
 海原を焦がす真っ赤な夕焼けが、キトゥンの髪を亜麻色に染めた。
「彼らなら心配ないわ――――――」
「ウン…。ボクもそう思うよ」

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