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 セーラが金色巻髪を乱して、ゼイゼイと肩で息をしているのが見えた。隣りで、エコがセーラを一生懸命に説得している。そのエコも息が荒い。ザブレフは、すでにその側にのびていた。
 そして…。キトゥンが微かな驚きの表情を浮かべて扉の前で時間を停めていた。
 キトゥンさん、凍ってる?のよね…。なにがなんだかわからないリナである。だが、この状況がいい展開とは思えなかった。キトゥンは凍りついてる。それがリナにはとても、恐ろしいものに映っている。
「セーラ。いい加減にしようよ。ねぇ!」
 何度目かの同じ台詞をエコが言う。
「扉は開いたのに何故ですの? 開かずの間に辿りつけませんというのは…」
「確かに、なにかの扉は開いたけれど、開かずの間の扉じゃなかったんだよ」
 セーラが納得できないというようにエコを睨む。
「何故ですの?」
「ぼくらにその資格がまだないから開かなかったのだと思う」
「では、わたくし達の開いた扉はなんでしたの?」
「別な扉だろうね。ぼくにはわからないよ」
 エコはキトゥンを見遣った。答えは彼女が知ってるんだろうなー、と思いながら。
「わたくし納得しませんことよ」
「何回やっても同じだと思うし、どんな扉を何回も開いてるのかもわからないから、もう、やめようよ」
「わたくし納得しませんことよ」
 セーラは呼吸を整えながら、同じことを繰り返した。
「セーラ先輩。これは、いったい…」
 リナがキトゥンの側を恐る恐る通り過ぎ、セーラ達のところへ来ていた。
「リナ。良いところに来ましたわ。今度は貴方と一緒にやってみましょう」
 エコは深いため息をついた。セーラの熱意は時には扉を開く、だが、この場合はどうみても無理なような気がしていた。こういう時のセーラは諦めの悪いだけで厄介なのである。
「じゃ、これで最後だよ。いいね、セーラ!」
 セーラは答えない。返答したくないのだ。
 三人は扉を開いた。三人は光に包まれる。セーラの予想では、古ぼけた大きな茶色の扉は開かずの間に続く扉のはずなのだが…。


 光が去ると、三人は色彩豊かな空間に漂っていた。扉が左右上下に幾つもある。
「こ、ここどこですか?」
 困った顔でエコがリナに答える。
「それがわからないんだ。どの扉を選んでも、先ほどの場所に戻るんだ」
「今度は大丈夫ですわ。きっと、上手くいきますわ」
 そういうセーラも半ば、自信が揺らいでいるのである。いつものように言葉に覇気がない。
「さぁ、どの扉を開きまして、リナ?」
 リナはそう云われても困るけれど…、と思いながら一つの扉を選んだ。そうしないと、ここから出れそうもないのを感じて。
「セーラ、これで最後だからね!」
 エコが念押しをする。
 セーラがリナの選んだ扉に手をかける。


「どうしてですの?!」
 セーラの抑揚のない疲れた声が静かな図書館に虚しく響いた。
「エコ先輩、これをずっーと、繰り返していたんですか?」
 水色の瞳をぱちくりさせながらリナが聞いた。
 エコが疲れたように頷く。扉は常に振り出しへと戻るのである。
「エコ、ヤバイよ」
 ザブレフが怯えたように云った。
 リナとエコがその視線の先を追う。
 ザブレフはキトゥンを見ていた。二人はその意味してるものを悟り狼狽する。
「エコ先輩…」
「キトゥンさんが解け出し始めたんだ…」
「どうするんだ?」
 ザブレフとリナが打開案を求めてエコを見る。
「逃げよう! それしかないよ。ザブレフ、リナ、セーラを!」
 エコがセーラの右腕を、ザブレフが左腕を、リナが背中を押して図書館からの脱出を図る。当然、納得してないセーラは抵抗する。
「わたくし、納得してませんわ!」
 三人はセーラの言葉には取り合わなかった。迫ってるいるもう一方が恐ろしかったのである。オール・セインツであるキトゥンの報復が…。


 四人がキトゥンから距離を必死に稼いで身を隠した頃、キトゥンがやっと、就縛から解き放たれて、行動をはじめた。
 彼女の内心は煮えくり返っている。オール・セインツの自分がまんまとしてやられて、しかも、醜態を晒していたのである。このオール・セインツ広報のアトミック・キトゥンが…。
 深緑の髪から湯気が立ち上っていた。それが、魔法の溶解なのか、キトゥンの怒りなのかはわからないが。
「出てきなさい、フィン!」
 なるべく笑いを押さえ込みがら、でも、笑いを零しながら、書棚の蔭からフィンが現れた。
「僕に怒っても仕方ないだろう? 怒るんだったら、今すぐに! 追ったら?」
 フィンの笑いは止まらない。
「今更追っても、今の状態では仕方がないな。それに…」
 キトゥンは開かずの扉を見遣った。
「どの扉を開いたと思う?」
「複数の扉を開いた場合、どうなるんだろうね?」
 楽しげにフィンが云う。
 キトゥンも判断に困って、思案する。複数の扉を開いた例はなかったので。
「たぶん、明日になればわかるだろう」
 楽しそうなフィンをキトゥンは忌々しそうに睨んだ。
「明日もそうしてられるかしらね?貴方は」
 嫌味の一つも云いたくなるキトゥンであった。なぜならば、フィンは一部始終をすべて、高みの見物と洒落こんで見ていたのである。オール・セインツの自分に肩入れするわけもないが、醜態を見られて腹が立っているキトゥンである。
 この収穫感謝祭の日に開かずの扉を開いた効力は次の日、つまりは明日、現れるのである。よりにもよって、多数の家族やら保護者やら、お偉方の招待客を招いた収穫歓喜祭にである。
「25年前は皆でうさぎになったらしい…」
 キトゥンが諦めのため息をつきながら呟いた。油断した自分の不甲斐さを呪うように。


 今年のダイナ学園の収穫歓喜祭は生徒や教師たちの絶叫、或は罵りから始った。絶叫を上げなかったのはたぶん、オール・セインツとフィンぐらいな者だったろう。
「きゃーーー! あたし、男になってるわ! いやー!!!」
「俺は…女???…」
 学園中は早朝から大騒ぎである。性別がすべて入れ替わり、あべこべになったのである。女が男に、男が女に。
 なにか手を打つにも状況も時間もなかった。仕方なく、大ダンスパーティーの衣装を交換してる者。なんとか、カツラや詰め物で誤魔化そうと必死な努力をしている者やらで大混乱の大騒ぎである。魔法が使えないぶん、皆、苦慮していた。この魔法が不安定な時期に下手に使って事をもっと、厄介にする者はいない。
 その中で、ティーナははしゃぎ回り、モテまわり、一番楽しんで輝いていた。
「ティーナ、カッコイイ! 素敵! 踊って!」
 ドレス姿の本来は女子生徒だが、今日は女装の男子生徒となっている彼女達と引切り無しに踊っている。

 セーラはエコの衣装を着て、エコは不承不承だがしぶしぶセーラのドレスを着て、というかセーラに無理やり着せられて、セーラの祖母に挨拶させられていた。ダークブルーの髪には宝石の髪飾りまでつけられている。こういうことに手を抜かないセーラであった。
「今年の趣向は逆転の仮装パーティーですのよ。お祖母様」
 にこりと微笑むセーラであった。セーラはどんな時も逞しい精神力の持ち主である。今日は特に見た目も逞しく見えていた。
 エコをリードして華麗にダンスのステップを踏むセーラは今日の原因を作った張本人でもあるにも関わらず、お咎めがなかった。咎めれば、開かずの扉の秘密を全校生徒達に披露してしまうことになるので、学校側も生徒会のオール・セインツも何も出来なかったのである。
 次こそは…と、ステップを華麗に運びながら、セーラの琥珀の瞳は楽しそうに燃えていた。懲りないセーラである。

「ザブレフさん、大丈夫ですか?」
 ザブレフの夢は無残にも潰えてしまっていた。これではどうしようもない。うなだれて、会場の階段の上で一人悲嘆に暮れていた。セーラに用意された衣装も今日は役立たずである。
 心配して、たまに、こうやって、リナが様子を見に来ていた。
 リナはといえばティーナやセーラと踊ったりして、それなりに愉しんでいた。

「美人だよ。フィン」
 今日こそは願いが叶うと思った本来は女子生徒達の、今日は女装の男子生徒がフィンを追っかけていた。その容姿からフィンは以外とモテるのである。
 いつもなら遠巻きの彼女達なのだが、この機会を逃さず生かす道を選んだのである。今年はフィンとダンスをしようと追っかけてまわしていた。それを逃れて、図書館に隠れたフィンであった。
「君も良い男っぷりだよ!」
 それを聞いて、漆黒の瞳を面白そうに輝かせてキトゥンが豪快に笑った。
 なんとか、招待客にも面目がたち、ホッとしているオール・セインツ広報のキトゥンである。
 一方は予想外の事態を強いられたフィンであった。
「踊りますか、お嬢さん?」
 コバルトブルーの瞳が呆れた様に男性のキトゥンを見詰め返した。フィンは168cm、キトゥンは174cmであるから、身長からみたら、つりあう二人である。
 昨日と笑う立場が逆転した二人だ。


常に物事には表の顔と裏の顔がある
  表の顔が華やかで煌びやかであればあるほど
  人々がそれに心を奪われれば奪われるほど
  裏の顔との隔たりはその距離感は遠くなる

  大地に 水に 感謝せよ
  神々に 精霊に 感謝せよ
  門は開くだろう
  扉は開くだろう
  失われし魔法は 今 解き放たれる
  日常の翼を解き放ち いざ 逆転の一日を楽しめ


         ―終―
    


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